「自分は違う」は要注意…アルコール依存症
林公一 / 精神科医
これを読むと、日本人の大半はアルコール依存症の可能性あり、なんじゃないかと思う。
「やめられない」の先にある破滅 依存症【5】
たった4問ですので、お答えになってみてください。どれも「はい」か「いいえ」の単純な答えです。まず第1問です。
「飲酒量を減らさなければならないと感じたことがありますか?」
続いて第2問です。
「人から自分の飲酒を非難されて気にさわったことがありますか?」
そして第3問。
「自分の飲酒について、悪いとか申し訳ないと感じたことがありますか?」
最後の第4問はこれです。
「二日酔いを治すなどのために、迎え酒をしたことがありますか?」
あなたの答えはいかがでしたか? 「はい」の数は? 一つですか? 二つですか? 三つ以上ですか?
判定は、「はい」が二つ以上の方は、「アルコール依存症の可能性あり」です。
たった4問ですが、これはCAGE(ケイジ)テストと呼ばれる、信頼性がとても高いことが証明されているテストです(CAGEは、四つの問いのそれぞれを英語にしたときの、Cut down、Annoyed、Guilty、Eye-openerの頭文字です)。
「厳しすぎる」と思うのは「否認」かも
「『はい』が二つでアルコール依存症の可能性あり? 基準が厳しすぎないか?」
そう思った方、要注意です。アルコール依存症という病気の大きな特徴の一つが「否認」です。自分にアルコールの問題があることを認めない。または軽く考える。そうしているうちに依存症は進行します。進行すればするほど、否認も強くなります。「まだ大丈夫。でもアルコールの問題があるな」と自覚した時が、進行予防のチャンスです。
否認は本人だけでなく、ご家族などまわりの人たちにもよく見られます。
「夫は酒をよく飲むが、アルコール依存症というほどではない」。そう思ったら、それはかなり危険な徴候です。なぜ「依存症というほどではない」とわざわざ納得するのでしょうか? それはアルコール依存症のおそれありと感じているからにほかなりません。
診断のポイントは「コントロール喪失」
ネット依存、ギャンブル依存、セックス依存などと同じように、アルコール依存症も、「コントロール喪失」が診断のポイントです。どれも自分でコントロールができている限りは病気ではありませんが、コントロールができなくなると病気の領域に入ります。
「私は肝臓の値に注意しながら飲んでいるから、コントロールできている」
そう思った方、要注意です。理由は二つあります。第一は、アルコールの害は肝臓だけに出るのではなく、全身のあらゆるところに出るからです。肝臓の値はその中の一つにすぎず、肝臓が大丈夫でも他の臓器に重い害が進行していることはよくあります。たとえばがん。アルコールは発がん物質で、特に食道や口の中のがんのリスクは飲酒とともに大きく高まります。そのほかにはたとえば脳の萎縮があります。脳の萎縮が進行すれば、認知症のリスクが高まることになります。このように、知らないうちに体がむしばまれていくのがアルコールの怖いところです。なまじ肝機能という目に見える指標があるためにそれにとらわれ、ほかの害に気づきにくいことも、アルコール依存症という病気を進行しやすくしていると言えるでしょう。
肝臓の値だけでは安心できない第二の理由は、たとえ一回でも、大量の飲酒が大変な結果を招くことがあるからです。駅のホームで電車に接触する。線路に転落する--。こうした事故が、酩酊(めいてい)していると多発します。酔っぱらって階段から転落して命を落とす人も後を絶ちません。飲酒運転は論外ですが、ではハンドルを握らなければいいかというとそんなことはありません。歩行中に車にはねられる。それもまた、酩酊している人が多いのです。犯罪の被害にも遭いやすくなります。今の季節、酔いつぶれて眠り込めば凍死の心配もあります。入浴中の溺死という事故も、特に高齢者では要注意です。
「効用」は「害」を打ち消さない
「酒に害があることはわかった。でも効用も言わなければ不公平では? 酒は百薬の長と言うじゃないですか」
そう思った方、要注意です。なぜなら、効用があったからといって、害が打ち消されるというものではないからです。これに限らず、飲酒を正当化しようという意識が出たら、依存症の入り口に来ていると思ったほうがいいでしょう。それに、昔の人の言葉を尊重するのであれば、「酒は百薬の長、されど万病のもと」が正しい引用です。
ギャンブル依存の中で、「報酬効果」についてお話ししました。人が何かに依存するのは、それを楽しいと感じることから始まります。アルコールの効用は報酬効果に重なります。そして“効用”は毎日のように心にインプットされています。それはテレビ番組やCMの飲酒シーンによってです。酒類の広告・宣伝の規制は、欧米に比べると日本ではとても緩いものになっています。日本社会は国際的にみれば、アルコールの害を軽視している社会なのです。
報酬効果はアルコールという物質そのものにもあります。それが依存性です。アルコールは、医学的には依存性のドラッグです。「飲みたい」という強い欲望を抑えられなくなるという作用があります。依存性という観点からは、アルコールは、違法ドラッグに匹敵するかそれ以上の強さを持つ物質なのです。現代でも飲酒が法で禁じられている国があることはその反映であると言えるでしょう。
ギャンブル依存と同様に、アルコール依存症も100パーセント予防できる病気です。飲酒しなければ絶対に罹患(りかん)しないからです。とはいえ今の日本で飲酒を禁ずるのは非現実的ですが、完全断酒はしないまでも、適度な飲み方をすれば、アルコールの害は表れません。ただし、どのくらいが適度な飲み方であるかは、飲酒による広い範囲の害を認識したうえで考える必要があります。健診で肝臓の値をチェックするだけでは不十分です。自分の飲酒は適度だと自分を納得させるのは否認の始まりかもしれません。もしCAGEテストで「はい」が二つ以上あったら、「もう飲まない」という選択肢も真剣にお考えください。